悪気なく「興味ないです」と言う
「この仕事、興味ありません」
と平気で言う部下を、どう育てればいいかわからない――。そんな相談を受けることがあります。
「好き」「嫌い」で世の中がすべて回れば何も問題はないのですが、「嫌いでもしなければならない仕事」や、「役割として担ってほしい仕事」もあります。
また、上司は部下に対して「仕事を覚えてほしい」という思いもあり、「事前にこの資料、読んでおいてね」と伝えることもあります。ところが、「私、勉強嫌いなので」とか、「本読むと頭痛くなるんです」などと平気で答える部下もいます。
反抗しているわけではなく、悪気がない、といいますか、本当にそれが通ると心から思っている様子です。
さて、この部下をどうやって育てましょうか?
これは、我々ヒューマンロジック研究所が運用しているFFS理論(開発者:小林 惠智、詳しくはこちら)に当てはめると、「拡散性」が高い人が示す反応です。拡散性が高い人は、日本人の約3割を占めます。ご自身がどのタイプになるのかを知りたい方はこちらへ。
拡散性の高い人がどんな特性を持っているのか、人間の個性を見事に描く『宇宙兄弟』(小山宙哉著、講談社)を読みながら、つかんでいきましょう。
『宇宙兄弟』の主人公、兄の南波六太(ムッタ)と、弟の南波日々人(ヒビト)。今回の注目点はその学習スタイルの違いです。
ムッタより先に宇宙飛行士になった弟、ヒビトは、実は子どもの頃、まったく勉強のできないヤツでした。宇宙飛行士を目指すきっかけを与えた「シャロンおばちゃん」から英語を教えてもらっても、まったく覚えられません。ところが、中学生になると別人のように勉強に没頭し、「突然、私よりも成績が良くなった」とムッタは回想しています。
でも、これって本当に「突然」だったのでしょうか?
学習スタイルは人それぞれです。ムッタとヒビト、この兄弟の間でもまったく違います。
ヒビトの学び方は、「とりあえずやる」という体験から入ります。こうしたアプローチは、FFS理論では「拡散性」の高い人によく見られる傾向です。
ヒビトは、勉強嫌いだった!?
「拡散性」とは、人の個性を構成する5つの因子のうちの一つで、「現状を変えていく力」につながっています。
「拡散性」の高い人は、失敗することを厭わないので、まずやってみます。
失敗しても気にしません。またすぐにやります。
うまくいっても、同じことは繰り返したくないので、次は違うやり方で成功させようとします。
何度かやるうちに、「なるほど、こんなことか」と物事の全体像を概念的に理解していきます。つまり、一つひとつを正解と照らし合わせて確認し、絶対的な結論に導こうとする演繹法的なアプローチではなく、仮説・検証を繰り返す帰納法的なアプローチです。
概念的な理解を好むので、「細かいこと」はつまらなく感じます。特に、小学校低学年クラスの授業で取り組むテーマや課題に対しては、「こんな小さなことはどうでもいいんじゃないの」と思いがち。また、「答えがある質問」もつまらないので、「なんで答えは一つなの?」と疑問を持ち出したりします。
興味を持てないから、勉強しない。それで答えを間違えても、周囲の評価に無頓着なので、気にしません。子どもの頃のヒビトが「勉強嫌い」に見えたのも、そういうことでしょう。
「とりあえずやる」という「拡散性」の特性がよく表れている『宇宙兄弟』のシーンがあります。
宇宙飛行士になったヒビトが、月面に宇宙基地を造るためのミッションクルーに選ばれ、月に飛び立つ直前のことです。月面で使う重機の操作を覚えるため、クルー全員で操作マニュアルを読もうとしていたところ、ヒビトはマニュアル本をパタンと閉じて、「やった方が早い」とすぐに動き出したのです。
事前にマニュアルや手順書を読んで準備するよりも、「とりあえずやろう」と動く。これがヒビトなのです。
では、勉強嫌いのヒビトは、なぜ勉強ができるようになったのでしょうか。
難しい課題ほどワクワクする
「拡散性」の高い人は、取り組むべき課題が複雑になってきたり、答えのない課題に直面したりすると、がぜん興味を示すようになります。面白いから時間も忘れて没頭します。ただし、「努力している」と思われたくないので、他人に隠れて練習して、表では涼しい顔を装うのです。
「宇宙飛行士になる」というヒビトの夢は、簡単に手が届くものではありませんでした。だからこそ、彼の興味が尽きることがなかったのです。ヒビトが中学生になった頃から、「もっと早く宇宙に行きたい」と勉強に加速がついたのでしょう。
一方、第1回からご紹介しているように、我らが主人公ムッタは、FFS理論における「保全性」が高いタイプ(これは日本人の6割以上を占めます)。このタイプの学習スタイルは拡散性が高いタイプとは対照的です。
事前に資料を読み込んでから、全体像を把握したうえで、一つひとつ慎重かつ確実に積み上げていこうとします(保全性が高いタイプの特徴、弱点、戦い方は第1回参照)。
積み上げ型のムッタが、興味のおもむくまま勉強に没頭するヒビトを見て、「突然成績が良くなった」と感じるのも仕方ないのです。
ムッタはまた、少年時代のヒビトのことを「頭のネジが一本足りない」と語っています。
それを象徴する出来事がありました。「UFOが撮れた!」と、ヒビトはムッタの誕生日にUFOの映像をプレゼントします。「UFOを目撃したのなら証拠を見せろ」とムッタをいじめる友達を見返すためです。兄思いのかわいい弟なのです。
ところが、ムッタが映像を見てみると、ニセモノであることがバレバレでした。ヒビトの机の下からは、手作りUFOとそれをつるす釣りざおも出てきました。
誰もニセモノだとは思わないだろう。本気でそう思い込めるほど抜けている――。ムッタはヒビトのことをそう思っていたのです。
「抜けている」ように見えることも、「拡散性」が高いタイプの特徴の一つです。
「拡散性」の高い人は一点に集中しやすく、枝葉末節は気にならないというか、見えなくなります。また、興味の対象がピンポイントになると、突拍子もない行動に走ることもあります。それが周囲からは「こんなことになぜ気が回らないのか」と、抜けているように見えるのです。
すれ違いが生んでしまう不幸な関係
ここで、冒頭の相談に戻ります。「この仕事、興味ありません」と平気で言う部下を、どう育てればいいか、というお悩みです。
こうした問題は、「保全・上司」と、「拡散・部下」の間でよく起こります。つまり、ムッタのようなタイプの上司に、ヒビトのようなタイプの部下が付いた場合です。
「保全・上司」は、事前に資料を読み込ませてから、ロープレを経て、少しずつ実践させていく方法をとります。それが自分の学習スタイルでもあり、「良い育て方」と理解しているからです。
しかし、「拡散・部下」にとっては、そのやり方は「面倒くさい」「面白くない」ものなので、まるで興味を示しません。なんでも自分の好きなようにやりたいので、「放っておいてほしい」と思っているはずです。
上司がやり方を押し付ければ、興味を失うでしょう。もしくは、上司の言うことには聞く耳を持たずに、自分勝手にトライアルをしようとします。
すると、どうなるでしょうか。
上司は部下を「言うことを聞かない扱いにくいヤツ」と評価します。一方、部下は上司のことを、「自分のことを理解してくれない」「好きにさせてくれない」と感じ、「行動を制約する駄目な上司」と評価します。このようにお互いを低く評価してしまうのです。
さらに、こうしたすれ違いによって部下が極度のストレス状態に追い込まれると、上司に対して攻撃的になりかねません。上司にはなおさら「やはりこいつは苦手な部下だ」という印象を固めてしまいます。
「拡散・部下」を動かす、とっておきの方法
さて、保全性の高いあなたが拡散性の高い人を部下に持った場合、どうするのがいいでしょうか。
「拡散性」の高い人は、「好き」や「興味」が最大の学習動機になります。「拡散・部下」をやる気にさせたいなら、本人の好きなやり方で任せるのが一番です。
あるいは、部下が「つまらない」と思っている仕事を、「こんな面白いこと」に変えてみる。部下が興味を持つよう意味づけを変えることが、「拡散・部下」を動かす唯一の方法です。
仕事は同じでも、意味づけは変えられる
『スーパーモチベーション』(D・R・スピッツァー著/ダイヤモンド社)にトム・ソーヤの有名な話が出てきます。
おばさんに頼まれた「垣根のペンキ塗り」を、トム・ソーヤが面白いゲームに変えるというエピソードが紹介されています。「つまんない」と思ってやらないのではなく、自分がやらずに済むためにはどうすればいいかと彼は考えたのです。
「皆がやりたくなればいい」とひらめいたトム・ソーヤ。「この仕事は特別なんだ。だから俺にしか任せられないんだ」と楽しそうに、誇らしげに取り組んでいると、「少し手伝わせて」と友達が寄ってきました。トム・ソーヤが「駄目だ」と断ると、友達は勝手にペンキ塗りの仕事に特別感を感じたのです。トム・ソーヤはこのプロセスをゲームとして楽しみ、人の気持ちをコントロールできることで、さらに楽しみが大きくなっていくのでした。
上司は、「拡散性」の高い部下に対して「目の前の仕事がいかに興味深いのか、面白いのか」を伝える必要があります。もちろん、仕事自体に変化はないですし、ルーティンワークの場合は面白くないかもしれません。
それでも、仕事の意味づけは変えられます。
「ルーティンワークだけど、このプロセスを半分にできるアイデアはないかな?」
「インプットとアウトプットは変えられないけど、プロセスは変革しても構わないよ。好きにしてごらん。君にしかできないと思うから」
部下を「オンリーワンな存在」としてくすぐる。
これこそが、「拡散性」の高い部下には最高の動機づけになるはずです。
そうすればきっと「得意満面の笑顔」で、成果をあげてくれることでしょう。
© Chuya Koyama/Kodansha(構成:前田 はるみ)
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