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なぜ金融当局はBitcoinよりLibraを警戒するのか

楠正憲国際大学Glocom 客員研究員
Libraの開発中止を求めた米下院金融委員会のマキシン・ウオーターズ委員長(写真:ロイター/アフロ)

Facebookが6月18日に発表したLibraに対して、同日に米下院 金融サービス委員会のマキシン・ウオーターズ委員長が開発中止を求めた。2日後の20日にウォーターズ委員長がCNBCのテレビ番組に出演し「私たちは消費者を守らなければならない。Libraがスイスに拠点を置いて米ドルと競合することは看過できない」とコメントした。同氏はLibraプロジェクト自体に対してだけでなく、これまでのFaceookによるプライバシー侵害に対するFTCの調査や、米住宅都市開発局の訴訟にも言及して、一連のFacebookの言動に対する不信感を表明した。Faceookを呼んでの公聴会は7月16日に行われる。

ロシア国営タス通信の報道によるとロシア下院金融市場委員会のアナトリー・アカサコフ委員長は、18日にラジオ番組で、FacebookのLibraがロシア国内では法律で禁止される見通しを明らかにした。日本の金融庁も21日、Libraについて「結局は暗号資産になるのかもしれないが、まだ判然としない」との見解を明らかにした。

ロイターの報道によると、フランス中央銀行総裁のフランソワ・ビルロワドガロー氏はG7でタスクフォースを組織して、各国の中央銀行がマネーロンダリング対策や消費者保護の観点からFacebookのLibraのような暗号資産とどのように向かい合うか議論すること、そのタスクフォースは欧州中央銀行の専務理事で経済学者のブノワ・クーレ氏がリードすることを提案した。折しも6月8日に福岡で行われたG20財務大臣・中央銀行総裁会合のハイレベルセミナーで、暗号資産規制について今後はマルチステークホルダー・プロセスで議論を深めようと提案された矢先のことだ。価値の発行に当たっては準備金を積んで、BitcoinやEthereumと比べて法令遵守に気を遣っているかにみえるLibraが、何故ここまで各国当局から警戒されているのだろうか。

各国が暗号資産について規制しつつも受け入れた背景としてビットコインを念頭に運営者がおらず、本源的価値が明らかではないことを前提としていた。ところがLibraは契約で準備資産に対する請求権を規定しており、いわゆる暗号資産よりも証券や私的貨幣に近い性質を持つ。本源的価値が明らかではないBitcoinであれば、金や原油といったコモディティと同様の扱いができたのだが、本源的価値を請求権に置いて、不特定他者によって決済手段として利用される場合には、流動性危機などのリスクに備える必要が生じて、金融当局による監督が必要となる。これはLibraに限らず、中銀当預を担保とするUtility Settlement Coinに対しても議論されてきたことだ。

さらに価値の安定を志向するStable Coinとして先行するUSD Tetherについて、発行額に応じた米ドル預金を預託しているとしてきたが、実際には26%ほどが法定通貨によって裏付けられていないことが裁判で明らかとなった。また水増しされた法定通貨建てのステーブルコインが、暗号資産の価格操作に悪用されている疑惑が、幾度となく囁かれている。最近もBitcoin価格が1万ドルを超える水準で高騰しているが、取引高を見るとUSD Tetherからの資金流入がBitcoinの価格を高騰させていることが確認できる。

投機対象として退蔵されがちで決済手段としては必ずしも広まっていないBitcoinをはじめとした暗号資産に対して、裏付け資産を持ち価値が安定することが期待されるLibraは退蔵されにくく、決済手段として利用しやすいことが期待されている。約27億人の月間アクティブユーザーを抱えるFacebookが本気になれば米ドルや欧ユーロ、中国の人民元を超える経済圏が生まれかねないことが、各国当局の間で懸念されているのだ。裏付け資産を持つことによって価値発行スキームが中央銀行のそれと近くなって、却って金融システムの一部として監視すべきではないかという声を呼び込んでしまったとすれば皮肉な話だ。

今後Libraは各国当局とうまく折り合うことができるのだろうか。喫緊の課題としてはビットコインを念頭に構築された暗号資産規制について、ステーブルコインのことも念頭に置いて考え直す必要がある。例えば日本の場合はBitcoinと同様に暗号資産と整理するのか、裏付け資産の引出権に着目して証券として位置づけ電子記録移転権利とするのか、資金移動業の届け出を求めるのか、銀行免許を持った者の為替業務として位置づけるなどの選択肢が考えられる。いずれにしても一長一短がある他、各国で規制の機運が高まっている中で、単に法解釈や法整備の問題ではなくて、多国間の枠組みの中でのマネーロンダリング対策や、信用秩序の維持といった観点から検討する姿勢が求められるのではないか。

Facebookは2020年にもLibraのサービスを開始したいとしている。残された時間は限られている中で、まずは需要を見込める国から個別に論点を潰し込んでいくことになるのだろうか。世界3位の経済規模を持ちながらキャッシュレス比率の低い日本が、労多く益少ないと受け止められるのか、環境が整っている割に伸び代が大きいと期待されるのか、世界を巻き込んだ通貨間競争はまだ始まったばかりだ。

国際大学Glocom 客員研究員

インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーなどを経て2017年からJapan Digital DesignのCTO。2011年から内閣官房 番号制度推進管理補佐官、政府CIO補佐官として番号制度を支える情報システムの構築に従事。福岡市 政策アドバイザー(ICT)、東京都 DXフェロー、東京大学 大学院非常勤講師、国際大学GLOCOM 客員研究員、OpenIDファウンデーションジャパン・代表理事、日本ブロックチェーン協会 アドバイザー、日本暗号資産取引業協会 理事、認定NPO法人フローレンス 理事などを兼任。FinTech、財政問題、サイバーセキュリティ、プライバシー等について執筆。

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