8月1日からスタートするJPQR普及事業のキックオフイベントには、石田総務大臣に加え、仁坂吉伸和歌山県知事、コード決済事業者8社の代表などが参加。政財界が団結して普及を目指す体制をアピールしていた。
総務省と経済産業省が主導する、QRコード決済の仕様統一を狙った技術仕様「JPQR」がいよいよ始動する。8月からは和歌山など4県でJPQRの普及事業が開始され、統一化されたQRコードを利用できるようになる。
初めてのコード決済を体験した石田真敏総務大臣。説明を受けながら「慣れれば簡単」と話していた
普及事業を実施するのは、岩手、長野、和歌山、福岡の4県。6月22日、和歌山県白浜市でキックオフイベントが開催された。
登壇した総務省の情報流通行政局 情報通信政策課 調査官の飯倉主税氏によると「少なくともさらに1県はのちに参加することになりそうだ」という。
また、同イベントで石田真敏総務大臣は「キャッシュレスはMaaSの展開など、(政府が推進する)Society 5.0でも必須の決済手段となる」と指摘。キャッシュレス化の推進は政府の政策にも合致するため、力を入れていくことをアピールしている。
4県の中小規模店舗に共通QRが導入
統一QRとなるJPQRが8月1日からスタート。まずは4つの県での利用が開始される。
今回の実証実験で、中小店舗向けには店頭に掲示するためのJPQRを配布する。これは、利用客がそれぞれのスマートフォンアプリで店頭のQRコードを読み取り、金額を入力して支払う「店舗掲示型(MPM:Merchant-Presented Mode)」と呼ばれる方式だ。
店舗側は通常であればコード決済事業者ごとにそれぞれ申請をしなければならなかったが、普及事業では1つの申請書で複数の事業者に申請できる仕組みを構築している。これは、商工会や地元の金融機関が取りまとめて申請し、審査が完了するとJPQR用の店舗コードが発行され、各店舗ごとのQRコードが送付される仕組みだ。
JPQRで店舗に配布されるコード。下部には対応する決済事業者が記載される。
8月1日の時点では「Origami Pay」「J-Coin Pay」「メルペイ」が対応し、10月1日から「au PAY」「ゆうちょPay」「YOKA! Pay」が対応する。「LINE Pay」と「d払い」は開始時期を調整中としており、最終的には全8事業者が参加する。
なお、4県のコンビニ(セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソン)は、利用客がスマホに表示したコードを店舗側がPOSで読み取る「利用者提示型(CPM:Customer-Presented Mode)」のJPQRにも対応。これは8月1日をめどに、各事業者が一斉に対応する方針。このCPM方式には「PayPay」も参加する。
ユーザー、店舗、事業者にメリット
QRコード決済の乱立問題とは、こんな具合に普及が進むにつれてコードが増えていってしまう問題だ。
JPQRが登場した背景には、乱立するQRコード決済の問題がある。
コード決済が盛んな中国では「支付宝(Alipay)」、「微信支付(WeChat Pay)」の2大勢力にほぼ集約されたが、国内では、今回の普及事業に参加しただけでも9事業者となり、それぞれが加盟店開拓やキャンペーン合戦を繰り広げ、利用客はどのサービスを利用すればいいか迷ってしまっている。
店舗側の負担も大きい。サービスを利用したいと思ってもどれを利用すればいいか分からず、個別に加盟店開拓に来る事業者の対応も、各決済事業者への加盟店申請も大きな手間だ。
JPQRの普及事業では、最大8事業者へ一度に加盟店申請ができ、店頭に掲示するのも1つのQRコードで済む。今回参加した事業者であればたいていのコード支払いに対応できるし、利用客の利便性も損なわない。
乱立したQRコードを一つにまとめるのがJPQR。
決済事業者側のメリットもある。今回、地元の商工会や金融機関が参画しているため、加盟店開拓が大きく進展する。「都心部に比べて手薄だった」(LINE Pay・長福久弘取締役COO)という地方が対象となっているため、そうした地域へ食い込みやすくなる。これはとくに営業の人員や資金力が比較的少ない事業者に大きなメリット。実際にOrigamiやメルペイといった決済事業者からは歓迎の声が強い。
加盟店開拓は決済事業において生命線ではあるが「競争力ではない」という意見も、事業者側からは出ている。まずは使える場所と使う人を増やし、加盟店数以外の分野での競争を行う、という考え。LINE Payとメルペイが「MOBILE PAYMENT ALLIANCE」を組んで加盟店の相互開放を発表したのも、その一環だ。
地方でのキャッシュレス化の起爆剤になるか
キックオフイベントに合わせてメルペイへ対応した「海鮮市場フィッシャーマンズ・ワーフ白浜」。スマートフォンを使ったCPM方式での対応となっている。
こうした中でJPQR普及事業に選ばれた和歌山県は、「キャッシュレス比率が全国でビリ」(仁坂吉伸・和歌山県知事)であり、この事業をきっかけに「キャッシュレス日本一を目指す」と鼻息が荒い。事業での地域金融機関として参加する紀陽銀行も、「訪日外国人を含めた観光分野でも決済インフラの充実は大きなテーマ」と強調する。
事業者側にとっても、和歌山県が選ばれたことは「ベストの選択」(PayPay 関西営業担当者)と評価する声が強い。キャッシュレス比率は低いが観光資源が豊富で、観光客も多い。そのため、開拓の余地が大きい。
ちなみに、JPQR普及事業では同時に申請できる国内事業者に加え、オプションとしてAlipay、WeChat Payの申請も行えるようになっている。
統一QRになれば、客も店舗も手間が省けて利便性が向上する。
店舗側には別のメリットもある。国内事業者なら決済手数料も0〜1.8%と低額で済むため、「とりあえず導入して様子を見る」という店舗でも導入しやすい。10月からの消費税増税の軽減税率やポイント還元といった施策も追い風になるだろう。
今回のJPQR普及事業は、地方のキャッシュレス化を進展させる起爆剤となる可能性も秘めている。
共通QRの課題は「実証後の計画」
LINE Payの長福久弘取締役COO。
ただ、諸手を挙げてJPQRに賛同するには、いくつかの課題がある。今回の普及事業は、手を挙げた4県で半年間実施し、その効果を計測するが、その後の計画が決まっていない。
事業者ごとにある温度差も気になるところだ。前述のように、Origami、メルペイは前のめりだし、LINE Payも長福COOが歓迎の意向を強く示している。逆にPayPayが一歩引いた構えで、当初はMPM方式のJPQRには参加しない。
これはPayPay側の事情もありそうだ。
PayPayは、全国に配置した営業部隊が強く、関西方面でも対応店舗を急速に拡大している。さらに中国Alipayとの協業で、QRコードを共通化したことで、PayPayのQRコードを読み込んでAlipay支払いができるようになっている。
すでに独自の加盟店開拓を進め、さらにAlipayとコードを共通化しているPayPayにとっては、普及事業におけるコードの共通化には対応できない。そのため、MPM方式での参加は見送った(CPMには対応した)のだろう。
利用者提示型(CPM:Customer-Presented Mode)の利用イメージ。
撮影:小林優多郎
事業者の足並みをそろえられるか
キックオフイベントに登壇した石田総務大臣。
JPQRはまずは4県で始まるというが……。
本格的な普及のためには、4県での先行導入が終わった後の動きが最も重要だ。仮に各県で成功したとしても、続いて各地の金融機関や商工会などを巻き込んで他の自治体に拡大しなければ、空中分解してしまう危険性もある。
1つの申請書で一括して複数事業者に加盟店申請できる仕組みはメリットが大きいが、そのコストや手間を誰が受け付けるのか、といった課題も残る。政府の予算に頼らないように事業が軌道に乗る必要もあるだろうが、JPQR自体の利用さえ進めば、これ以降の加盟店開拓は再び各事業者に任せる、という判断もあり得る。
ともかく、統一QR「JPQR」は、この8月からようやく利用が始まる。こうした懸念を払拭できるか、関係者の動向に注目したい。
(文、撮影・小山安博)
小山安博:ネットニュース編集部で編集者兼記者、デスクを経て2005年6月から独立して現在に至る。専門はセキュリティ、デジカメ、携帯電話など。発表会取材、インタビュー取材、海外取材、製品レビューまで幅広く手がける。