あなたが、夜遅くまで自己啓発本を読んでいたら、現代の行動神経科学はこう言うでしょう。
「寝不足になるまで自己啓発本を読むなんて本末転倒である」
「仕事で成功したいのなら、早く寝なさい」
仕事で高い成果をだすためには、多くの情報をもとに適切に判断し、計画的に行動し、問題があれば柔軟に修正することが求められます。そのために必要となるのが「認知機能」を高いレベルで発揮することです。
認知機能とは記憶や思考、理解、計算、言語、判断といった知的能力のことをいいます。また、これらの基本的な認知機能をベースにして、目的や計画を明確にして行動する「実行機能」、多くの情報をまとめて処理する「ワーキングメモリー」、問題が起きても柔軟に対応する「認知の柔軟性」といった高次の認知機能が僕たちには備わっています。
現代のスポーツ科学や行動神経科学は、認知機能を高いレベルで発揮するための科学的根拠(エビデンス)にもとづいた方法を教えてくれています。
それが「筋トレ、ダイエット、睡眠」です。
これまでに筋トレとダイエットが認知機能を高めるエビデンスをご紹介してきました。
『ダイエットをすると頭が良くなる最新エビデンス【科学的に正しい自己啓発法】』
そして、このなかでもっとも重要になるのが「睡眠」なのです。
今回は、睡眠不足がビジネスに与える影響を見ていきながら、認知機能への影響についての最新エビデンスをご紹介しましょう。
Table of contents
◆ 睡眠不足は仕事のパフォーマンスを確実に低下させる
2019年、雑誌Sleep Medicine Reviewsに「健康的な睡眠がビジネスに役立つ理由(Why healthy sleep is good for business)」というレビューが掲載されました。
その中でも興味深い研究結果を見ていきましょう。
まずは、睡眠不足が個人のビジネスのパフォーマンスを低下させるというものです。
・多動力(マルチタスク)が低下する。
睡眠不足は記憶力や注意力を低下させます。その結果、タスクから別のタスクに切り替える効率を損ない、切り替えコストが増加することによってマルチタスクのパフォーマンスが低下します(Haavisto M, 2010)。
・やるべきことを先延ばしにする。
睡眠不足による眠気は注意力を低下させ、目の前の課題への注意を分散させます(Poh J, 2016)。睡眠時間が1時間少ないと、タスクの先延ばしが5%増加し、ネットサーフィンをする行動が増えます(Wagner DT, 2012)。そのため、優先的にやるべきタスクに注意を集中することができなくなります。
・問題解決能力が低下する。
睡眠不足はタスクとタスクの間にある概念的な関連を見つける抽象化能力を損なわせます(Cai DJ, 2009)。さらに、問題が生じたときに柔軟に対応する能力である認知の柔軟性も損ないます(Harrison Y, )。これにより、問題解決能力が低下してしまいます。
・創造性と革新性が低下する。
睡眠不足は、困難な問題の解決における創造的な洞察力を低下させます。一晩の睡眠不足でも問題解決のための創造性が60%低くなります(Wagner U, 2004)。さらに起業家の創造性を低下させることも報告されています(Weinberger E, 2018)。
・道徳性を低下させ、非論理的な行動が増える。
睡眠不足は自制心や道徳的意識を損なわせ、非倫理的な行動を増やします。2.2時間の睡眠の減少は、道徳的意識の10%の低下につながります(Barnes CM, 2015)。
また、睡眠不足はマネージャーとしてのマネージメント能力やカリスマ性にも影響を与えます。
・リスクを過小評価してしまう。
マネージャーが睡眠不足の場合、リスクを過小評価させ、リスクを取る傾向を高めます(Killgore W, 2011)。機会回避の能力を低下させ、多くのリソースを無駄に費やしてしまいます(Reynolds B, 2004)。その結果、意思決定による間違いを認識できず、その修正ができないためにビジネスに損失を与えてしまいます。
・カリスマ性が低下する。
睡眠不足のマネージャーは、カリスマ性やインスピレーションが失われやすくなります。睡眠不足により、部下への前向きな感情を表現が少なくなり、リーダーとしてのカリスマ性が低下します(Barnes CM, 2016)。
・威圧的態度が増えてリーダーシップを損なう。
高いリーダーシップは組織の仕事のパフォーマンスを向上させますが、マネージャーが睡眠不足のときは威圧的態度が増え、リーダーシップを損なうことで組織のパフォーマンスが低下してしまいます(Barnes CM, 2015)。
このように、睡眠不足は個人のビジネスだけでなく、マネージャーとしてのマネージメント能力をも低下させ、結果として組織全体のパフォーマンスを低下させてしまうのです。
では、なぜ睡眠不足になると仕事のパフォーマンスが低下するのでしょうか?
◆ 睡眠不足になると認知機能が低下する最新エビデンス
テレビやSNS、Netflixを見すぎて寝不足になった経験は誰でもありますよね。寝不足の日には、頭がはたらかず、仕事も勉強も思うようにはかどりません。
睡眠不足になると頭がはたらかないのは、注意力や記憶力といった認知機能が低下してしまうからです。
これを科学的に明らかにしたのがカナダ・ウォータールー大学のLoweらです。
2017年、Loweらは、睡眠不足が認知機能に与える影響を調査した61の研究結果をもとに解析したメタアナリシスを報告しました。
解析の対象となった被験者は1,688名(平均年齢28.74歳)であり、睡眠不足の時間は3.8時間ほどでした。
その結果、睡眠不足は持続的なタスクに集中する注意力(ES=-0.409)、目的や計画を明確にして行動する実行機能(ES=-0.324)、多くの情報を処理するワーキングメモリ(ES=-0.273)、欲望を抑制する抑制コントロール(ES=-0.464)、長期記憶(ES=-0.192)といった認知機能の低下が認められました。そして、これらをまとめた認知機能全体を低下(ES=-0.383)させることも示唆されました。
Fig.1:Lowe CJ, 2017より筆者作成
また、年齢別による睡眠不足による認知機能への影響を解析すると、年齢が高くなるに従って認知機能の低下効果が大きくなることがわかりました。
このような睡眠不足による認知機能の低下は、睡眠不足の日が続く(累積日数が増える)と、さらに大きくなることも示されています。
このように睡眠不足による認知機能の低下は、経験的なものだけでなく、科学的にも根拠(エビデンス)が示されているのです(Lowe CJ, 2017)。
それでは、なぜ睡眠不足になると認知機能が低下するのかというと、実はまだ明らかになっていないのですが、ひとつの要因として挙げられているのが脳の「前頭前皮質」という部位への影響です。
◆ 睡眠不足は前頭前皮質の機能を低下させる
前頭前皮質の機能について、フィネアス・ゲージ氏の事例を挙げましょう。
ゲージ氏は建設作業の現場監督をしており、リーダーシップがあり、道徳的でバランスの取れた心をもち、問題解決能力も高く、まじめで多くの友人から尊敬されていました。ところが、ある爆発事故に巻き込まれ、鉄の棒が頭につきささり、前頭前皮質を損傷しまったのです。
幸いなことに、命に別状はありませんでした。しかし、事故後のゲージ氏の変化を友人はこう述べています。
「彼は衝動的になることが多く、礼儀がなく、友人たちに敬意を示さなくなった。欲求を抑えることができず、移り気が多く、仕事を計画的に行えなくなってしまった」
「彼はゲージではなくなってしまったんだ」
脳の前方にある前頭前皮質は、ヒトの高度な認知機能である注意機能や実行機能、自己の抑制コントロールをつかさどっています。前頭前皮質がはたらくことによって、僕たちは自己をコントロールして衝動のバランスをとりながら、目的に向けて計画的に行動することができるのです。
しかし睡眠不足になると、この前頭前皮質の機能が低下してしまいます。
前頭前皮質は、脳の血流により運ばれてくるグルコースを代謝することによって機能していますが、睡眠不足になると血流量が減少し(Miyata S, 2010)、グルコース代謝が低下する(Thomas M, 2000)ことが示唆されているのです。
睡眠不足による前頭前皮質の機能低下は、注意機能や実行機能、自己の抑制コントロールといったヒトの高度な認知機能を不全状態にし、結果として仕事のパフォーマンスを低下させるのです。
書店やアマゾンにはや「問題解決」や「先延ばしを防ぐ」、「リーダーシップ」などをテーマにした自己啓発本が並んでいます。
これらの自己啓発本も参考になりますが、夜遅くまで読んでいるようでは意味がありません。なぜなら睡眠が問題解決能力や自己抑制のコントロール、リーダーシップといった仕事で必要となる認知機能のベースをつくるからです。
「仕事で成功したいのなら、早く寝なさい」
現代の行動神経科学がこう述べるのには、科学的な理由があるのです。
◆ 参考文献
Lowe CJ, et al. The neurocognitive consequences of sleep restriction: A meta-analytic review. Neurosci Biobehav Rev. 2017 Sep;80:586-604.
Haavisto M, et al. Sleep restriction for the duration of a work week impairs multitasking performance. J Sleep Res. 2010 Sep;19(3):444-54.
Poh J, et al. Sleepless night, restless mind: Effects of sleep deprivation on mind wandering. J Exp Psychol Gen. 2016 Oct;145(10):1312-1318.
Wagner DT, et al. Lost sleep and cyberloafing: evidence from the laboratory and a daylight saving time quasi-experiment. J Appl Psychol 2012;97:1068-76.
Cai DJ, et al. REM, not incubation, improves creativity by priming associative networks. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Jun 23;106(25):10130-4.
Harrison Y, et al. One night of sleep loss impairs innovative thinking and flexible decision making. Organ Behav Hum Decis Process. 1999 May;78(2):128-45.
Wagner U, et al. Sleep inspires insight. Nature. 2004 Jan 22;427(6972):352-5.
Weinberger E, et al. Having a creative day: understanding entrepreneurs' daily idea generation through a recovery lens. J Bus Ventur 2018;33:1-19.
Barnes CM, et al. Sleep and moral awareness. J Sleep Res 2015;24:181-8.
Killgore W, et al. Caffeine protects against increased risk-taking propensity during severe sleep deprivation. J Sleep Res. 2011 Sep;20(3):395-403.
Reynolds B, et al. Measuring state changes in human delay discounting: an experiential discounting task. Behav Process 2004;67: 343-56.
Barnes CM, et al. Too tired to inspire or be inspired: sleep deprivation and charismatic leadership. J Appl Psychol 2016;101:1191-9.
Barnes CM, et al. “You wouldn't like me when I'm sleepy”: leaders' sleep, daily abusive supervision, and work unit engagement. Acad Manag J 2015;59:1419-37.
Miyata S, et al. Insufficient sleep impairs driving performance and cognitive function. Neurosci Lett. 2010 Jan 22;469(2):229-33.
Thomas M, et al. Neural basis of alertness and cognitive performance impairments during sleepiness. I. Effects of 24 h of sleep deprivation on waking human regional brain activity. J Sleep Res. 2000 Dec;9(4):335-52.