清水 東京オリンピック2020が新型コロナウイルスの感染拡大を懸念されながらも、1年遅れで開催されます。スポーツのイベントとしては世界最大規模であるオリンピックですが、感染症の拡がりの中での強引な開催には、かなりの批判が集まっています。けれども、ただ単に感染症だからダメだというだけではなく、オリンピックそのもののあり方について考え直すべきではないのか。今回はそのような切り口で、近著『〈体育会系女子〉のポリティクス―身体・ジェンダー・セクシュアリティ』も話題で、「スポーツとジェンダー」を研究テーマにされていらっしゃる井谷さんに、オリンピックそれ自体についてお話いただきます。また、女性の競技への参加資格をめぐり、スポーツとセクシズム(性差別)や人種差別との関わりをあらためて問い直す声も高まっていますので、その辺も伺えれば嬉しいです。まずは直近のオリンピックについての井谷さんのご見解から、お聞きしてもいいでしょうか。
井谷 そもそもスポーツが公平な場であるとか、オリンピックが平和をもたらす祭典だということは、ブランド維持のために言われていることであり、事実とはまったく異なっています。近代オリンピックの父と称されるピエール・ド・クーベルタンはバロン(男爵)の爵位にこだわるなど、社会にある差別構造について批判的な人物とは言えません。そして彼はオリンピックを、“世界の中心となるべき欧州エリート層の男性たちを教育するツール”と位置づけていました。1896年にアテネで開催された第一回オリンピック大会に参加したのは当時の大英帝国やフランスといったヨーロッパの「列強」と言われた国々で、選手は男性に限定されています。競技種目の多くはテニス、セーリングや馬術などヨーロッパのエリート層が嗜んでいたスポーツです。大会の組織やルールづくりはこういったスポーツが上流階級層で盛んだった欧米諸国が主に担いました。欧州の上流階級で発達したスポーツ文化を広めることが文明化であると考える帝国主義的、植民地主義的、階級差別的な発想がそのイデオロギーの根底にはあったのです。19世紀末の世界を支配していた差別の構造を、ある意味で強化するような祭典だったといえるのではないでしょうか。
清水 それがいまや参加国数200を超えるメガイベントに拡大しました。最近オリンピックのあり方に疑問の声が多く上がっていますが、始まりの差別的構造を内包したまま、これほどまでに規模が大きくなりすぎたことがその根底にあるのでしょうか?
井谷 本格的な商業化の契機となったのは1984年ロサンゼルス大会です。76年のモントリオール五輪が市に巨額の負債を残したことを知ったロサンゼルスの人々が、84年の大会で公的資金の使用を拒否したため、スポンサー制度を導入することになりました。また、86年にはプロの選手も出場できるようにルールが変更されました。プロ選手の参加でエンターテインメント性が高まり、放映権料やスポンサー料もどんどん値上がりし、大会規模もさらに拡大していきました。ところで、商業主義がオリンピックの精神を歪めたから、オリンピック憲章に基づいたアマチュア主義に回帰すべきだと主張する研究者は多いのですが、プロ選手が許されなかった時代には、スポーツに専念できたアマチュア選手の多くは富裕層出身であるか、国がスポンサーとなり生活を支えていました。80年代以前のオリンピックは富める者の大会であったという見方もできるわけです。商業主義によって肥大化したことは問題を大きくしていますが、今なお、欧米の白人男性の身体文化をベースとした体質とイデオロギーを引きずっていることにこそ、オリンピックの根深い問題があるのではないかと感じます。
清水 1900年の第2回パリ大会からは、女性も参加しますね。クーベルタンは女性の参加はオリンピックの品位を下げると最後まで反対していたと聞いていますが……。
井谷 当時はオリンピック開催地の組織委員会に種目や参加者を決める権限が与えられていました。パリ大会で女性選手が参加したのは、テニス、馬術、ゴルフと男女ミックスでのセーリングなどです。いずれも上流階級が楽しんでいたスポーツであり、当時の欧米の上中流階級の女性の装いからかけはなれない服装でプレイができる種目ばかりでした。その後、女子競技の数はなかなか増えず、それに不満を持ったフランスのフェミニストで国際女子スポーツ連盟を組織したアリス・ミリアが、1921年に陸上競技なども含めた「国際女子オリンピック大会」をパリで開催します。出場を希望する選手も多く大成功を収めましたが、予想以上の人気を博したこともあり、女子だけのスポーツ大会に、「オリンピック」の名称を使用することをIOCが許さず、26年第二回大会からは「国際女子大競技会」という名になります。オリンピックの名称を外す条件としてミリアが出したのが、28年アムステルダムオリンピックにおいて陸上競技への女子の出場を認めることでした。余談ですが、82年にスタートし、4年に一度開かれているゲイやレズビアンのための国際競技大会であるゲイ・ゲームスも当初はゲイ・オリンピックという名称を使う予定が、IOCが使用を許可しなかったという経緯があります。「数学オリンピック」はOKなのに、女とゲイはオリンピックを名乗る資格がないということなのでしょうか。
清水 アムステルダム大会の陸上競技においても、女性が参加できる種目は限られていたそうですが、その理由とは?
井谷 「女性の身体は激しい運動に耐えられない、特に女性の生殖にかかわる臓器の機能を損なう」というのが当時の「医学的」見解でもあったのですが、激しく競い合うことは女性的でない、という欧米エリートたちのジェンダー感によるところも大きかったでしょう。800m走も女性の身体には負担が大きすぎると考えられていました。アムステルダム大会で800mを走った女性たちが次々とゴールで倒れ込んだことから、1960年大会まで800mは女子種目から外されました。マラソンに至っては、オリンピックで初めて女性が走ったのは84年です。女性の間で自転車が流行した際も、女性が自転車に乗ることの副作用がまことしやかに唱えられるなど、女性がより速く、強く、“動き出す”ことへ警戒心を抱いていたことが伺えます。また、一部の競技にしか女性の参加を認めなかった背景には、オリンピックが欧米白人男性の身体的優位を示すための場であった、ということもあります。バスケットボールなど、非白人女性の間で人気の高かったスポーツは、オリンピックスポーツとしての採用に時間がかかっています。その意味では、1928年の段階で黒人女性も多く取り組んでいた女子陸上をIOCに認めさせたミリアの功績は大きいですね。男性の、そして民族としての身体的優位が国家としての強さと結びつけられて喧伝された大会といえば、1936年ベルリン大会が有名です。当初ヒトラー(1933年にドイツ首相に就任)はドイツ人が、なぜ有色人種と競わねばならないのかとオリンピックの開催を渋っていたのですが、「アーリア民族の人種的優位を示すのにふさわしい国同士の対抗戦」だと考えを改め、「男の中の男を見せつけよう」と開催に踏み切ったと言われています。
清水 近代オリンピックはその起源から階級主義、セクシズム、そして人種主義を抱え込んでいた、ということですね。特に、最後にあげてくださった「男の中の男」の例でよくわかるのは、そもそもその三つが分かちがたいこと、つまり「男の中の男」は特定の階級、特定の人種・民族の男性として想定されており、階級が違っても、人種・民族が違っても、そして性別が違っても、「男の中の男」には足りない、それより下に置かれる存在とみなされる、ということです。例えばオリンピックのモットーには「より速く、より高く、より強く」とありますが、人間の身体の動きや機能のどの部分に注目するかというときに「速く、高く、強く」が想定されること自体、特定の男性身体に期待される動きに特化した基準のようにも思います。
井谷 オリンピックは種目の選定からしてジェンダー化(ジェンダーの区別がなかったものに対して、社会的バイアスがかかる現象)されていると私は考えています。「より速く、より高く、より強く」というモットーは、男らしさと結び付けられるパワーや筋力を強調したものになっています。また、人類が身体的にどれほど進化していけるかを世界の進化と重ね合わせる、という近代の夢と価値観が表れてもいるのですが、「未来」や「自然の克服」は、しばしば男性身体と結び付けられ、「伝統」や「自然」は女性身体に結びつけられます。また前者は白人に、後者は非白人にも結びつけられてきました。
清水 そもそも性別の基準をどこに求めるのかは科学的にも議論が続いているところで、客観的かつ最終的に男女の線引きをする基準が確定されているわけではない。それでも、とにかく男女を分けることで公平な競争ができるはずという前提から、男女の区分を「科学的に」決定し、統制してきた側面が、スポーツにはありますよね。
井谷 オリンピック憲章では性別による平等も明示されているにもかかわらず、セクシズムがある。それを端的に表しているのが体の性の多様な発達(DSD)をもつ女子選手の参加の是非をめぐる議論です。オリンピックに限らず国際的スポーツ大会では、全女子選手に対して「女性であること」を確認するための性別確認検査が行われていました。最近では南アフリカ共和国の選手で、オリンピック金メダリストであるキャスター・セメンヤ選手が、テストステロン値が規定値よりも高いことを理由に国際大会への出場が拒まれています。2011年に国際陸上競技連盟は、テストステロン値が高い女性は、薬を服用する、あるいは性腺切除によって数値を下げないと国際競技会に出場できないという規定を作り、薬の服用を拒んだセメンヤ選手を締め出しました。テストステロン値による規定を受けるもう一つのグループは、トランスジェンダーの選手です。東京大会では、重量挙げでローレル・ハバード選手が初のトランスジェンダーとして出場します。トランスジェンダーの選手の出場をめぐるルールは、国やスポーツ統括団体によって異なるのですが、トランス女子選手の出場に反対する際に常にあげられるのが競技の公平性の問題です。
清水 今回のオリンピックでもナミビアの女性選手二人が生まれつきのテストステロン値が通常レベルより高いということで参加資格を失っています。このような状況に対しては、「(女性として)通常」という基準自体がしばしば白人の女性を念頭において設定され、人種の異なる女性たちの「女性らしさ」の欠如に疑いの目が向けられてきた、その歴史と地続きだ、という批判もあるようです。そこで私が疑問に思うのは、スポーツ競技の公平性はどんな基準に沿っているのだろうか、ということです。ジェンダー化された基準に従って、女性の身体が男性に比べて劣っているとすることも、選手一人ひとりの心身の健康や尊厳よりも、科学的にも必ずしも確定していない基準に従って統制された男女の区分を優先し、そのように作られた区分にうまく当てはまらない選手たちに参加の機会を与えないというのも、おかしいのではないかと思えるのですが。
井谷 私個人としては、スポーツにおける厳密な「公平性」は残念ながら存在しない、という意見です。そもそも生育環境や練習環境は国や地域によって大きく違うわけで、スタート地点に立つ前から不平等であり、それを考慮しないで公平性を語れるのでしょうか。また男女というジェンダーで二分して行うのが公平だというのであれば、男女の身体の違いの基準をどこに置くのか。男女の性差について一つの物差しで測れるような生物学的な絶対の真実というのはなく、スポーツでも性別確認検査の方法は時代によって変わってきました。加えて実は、テストステロン値がスポーツパフォーマスと相関関係にあることは証明されていません。「女性ホルモン」と呼ばれるエストロゲンとスポーツのパフォーマンスとの関係性に至ってはほとんど研究さえされていません。また、特定のスポーツで有利になりうる身体的特徴はさまざまです。セメンヤ選手のようにテストステロン値が高い人が女性枠で出場するのが、テストステロン値が女性の平均値内にある女性にとって公平でない、という考え方は、科学的にも十分な根拠がありません。
清水 オリンピックをはじめとするエリートスポーツにおいて、性やジェンダーの問題がいかに根深く潜んでいるか、ということを改めて感じさせられます。ただ、興行的な側面の強くなっているエリートスポーツとは別に、学校の体育教育や部活動など、一般の人が日常的に接するスポーツでも、ジェンダーや性に関する課題は多々ある。後編では日本や世界における体育教育などについても、お話しを伺えたらと思います。
後編に続く。
Text: Akiko Shimizu, Satoko Itani, Motoko Jitsukawa Editor: Yaka Matsumoto
清水晶子|AKIKO SHIMIZU
東京大学大学院人文科学研究科英語英米文学博士課程修了。ウェールズ大学カーディフ校批評文化理論センターで博士号を取得し、現在東京大学総合文化研究科教授。専門はフェミニズム/クィア理論。著書に『読むことのクィア— 続・愛の技法』(共著・中央大学出版部)、『Lying Bodies: Survival and Subversion in the Field of Vision』(Peter Lang)など。
井谷聡子|SATOKO ITANI
2015年にトロント大学博士課程を終了。ジェンダー・クィアの当事者で、学生時代は陸上選手として活躍。スポーツとジェンダー・セクシュアリティ研究を専門とし、著作に『〈体育会系女子〉のポリティクス―身体・ジェンダー・セクシュアリティ』(関西大学出版部)、訳書・監修を手掛けた『オリンピックという名の虚構―政治・教育・ジェンダーの視点から』(晃洋書房)など。関西大学文学部准教授。