嫌われ者、山の吸血鬼ヤマビルをこよなく愛する子どもたち ヒル研が育む科学の目と壮大な目標とは

2023年6月24日 17時00分 有料会員限定記事
0

記事をマイページに保存し、『あとで読む』ことができます。ご利用には会員登録が必要です。

<山にまつわるエトセトラ⑧>
知らないうちに血が流れて靴下が真っ赤…。人の皮膚に吸い付いてそんな被害をもたらすことから、アウトドア好きの人々から毛嫌いされているニホンヤマビル(以後ヤマビル、ヒル)。この嫌われ者をこよなく愛する子どもたちがいます。

「ヒルは木から落ちてこない。」(樋口大良+子どもヤマビル研究会著 山と渓谷社刊・1430円)

三重県の小中学生を中心にした「子どもヤマビル研究会」、通称ヒル研。その研究過程をまとめた著書「ヒルは木から落ちてこない。」は豊富な発想力や意外な研究結果で登山界などから注目を浴びました。
どうしてヒルに興味を持ったの?何が面白い? オンラインで話を聞いてみました。また、梅雨はヒルが最も活発になる時期。「日本一ヤマビルの生態に詳しい」と自認する子ども研究員たちに、被害を避けるためのコツも教えてもらいました。(デジタル編集部・竹村和佳子)

◆通説を疑い、自分の体を「エサ」に実験

「ヒルは木から落ちてこない。」というタイトルがまず面白い。登山を始めた頃、先輩から「木からヒルが降ってくることもあるから、首にはタオル巻いとけよ」と教えてもらったことを思い出し「どういうことだろう?」と興味を持った。
ヒル研の子ども研究員たちは「『ヒルが落ちてくる』ってよく聞くけど、木の上にいるところを見たことある?」という素朴な疑問から通説を疑い、自分たちで実験方法を考えて実践していく。
その方法は、自ら体を張ったものも。例えば、ヒルが多い場所で木の枝の下に青いビニールシートを敷き、地上のヒルがはい上がってこないようにシートの周囲には忌避剤(ヒルを寄せ付けなくさせる薬剤)をまく。自分たちをヒルの「エサ」に見立ててシートのまん中に座る。

ビニールシートの上に3時間座って粘り、ヒルが木から落ちてくるのを待つ子ども研究員たち

通説通りなら、木の上のヒルが人間の呼気に含まれる二酸化炭素に反応し、木の下にいる子どもたちへと落下してくるはずだ。だが、場所や気象条件を変えながら3時間ずつ3度にわたり実験を繰り返しても、ヒルは1匹も落ちてこなかった。
また、レインウェア上下を着て、足首や腰などのすき間をテープでふさぎ、ヒルが多くすむ場所を歩き回った。すると、地面から靴に上がってきたヒルたちはウェアをよじ登り、わずか2分という速さで首まで到達することも分かった。

レインウェアを着て山道を歩き回り、ヒルが登ってくる様子を観察。白丸の中は、登ってきたヒル ㊤腰に登ってくるのにかかった時間は約1分。結構速いペース。ウエストから中に入り込もうとする ㊦ズボンの中に入られないよう、足首にテープを巻いた。地面から靴に乗ったヒルは、そのまま登っていく

捕まえたヒルを木に付けると、ほぼ全てのヒルが木を下りていくのも確認した。
2015年から3年がかりで取り組んだこれらの観察・実験から、「ヒルはそもそも木を登らない。だから木から落ちることもない」「人の首などに付いたヒルは、地面からはい上がってきたものだ」という結論を導き出した。
2018年、名古屋市内で開かれた山岳関連イベントで発表すると、約5000人規模のイベントだけに、反響は大きかった。それまでの通説を覆す内容なので、懐疑的な目で見る向きも少なくなかったという。

山岳関連イベント「夏山フェスタ」で初めて「ヒルは木から落ちてこない」という新説について発表し、来場者らに説明する子ども研究員たち(手前のオレンジのビブスを着ている2人)=2018年6月23日、名古屋市のウインクあいちで

しかし、ビデオや実験結果などで丁寧に説明すると「よく調べたね」と驚き、納得する人が多かった。これを機に、登山情報誌のウエブサイトやテレビ番組でも紹介され、新説は広く知られるようになった。

◆無料で手に入り、人に喜ばれる

ヒル研の始まりは2011年にさかのぼる。三重県四日市市の少年自然の家で、元小学校教師の樋口大良だいりょうさん(76)が12人の小中学生を集めて発足させた。
14年以降はヤマビル忌避剤「ヒル下がりのジョニー」の製造販売会社「エコ・トレード」社(三重県四日市市)の西村隆宏社長が顧問としてサポートし、同社屋内に研究スペースを提供している。
そもそも、なぜヤマビルの研究なのか?
三重県には鈴鹿山脈が連なり、その中にある藤原岳は「花の百名山」に数えられる人気の山だが、地元ではヒル被害の多さでも知られる。
「嫌われ者のヒルなら捕れば捕るほど人に喜ばれるし、無料でいくらでも手に入る。こんな実験材料はなかなかないだろう」と思いついたことがきっかけになった。

ヒルが最も活発になるのが梅雨時期。レインウェアを着て林道脇の落ち葉がたまった場所でヒルを探す子ども研究員たち

また、当時はヤマビルを専門にする研究者はほとんどほとんどおらず、生態は詳しく知られていなかった。「誰も確かめたことのない分野を調べていく、研究の醍醐味が味わえる」との思いもあり、珍しい研究テーマにたどり着いた。

◆目指すは世界初! 大学研究室とのコラボや講演も

ヒル研のメンバーは常時4~7人ほど。毎年入れ替わり、発足以来のべ30人ほどになる。継続して数年間所属する子も多い。
「木から落ちてこない」のように全員で知恵を出し合って実験することもあれば、個々で追っているテーマもある。内容は「ヒルは何に引き寄せられるのか」「人間以外、どんな生きものの血を吸うのか」などさまざまだ。
昨年からトライしている大きなテーマは、ヒルの産卵の瞬間を映像に収めること。樋口さんによると、成功すれば「おそらく世界初」という快挙になるという。

三重生物研究会で発表する碓井悠太さん。「ヒルの産卵と卵塊の研究」を発表し三重県教育委員会賞を受賞した=2月4日、三重県総合博物館で

成果は各種イベントや公式ブログなどで定期的に発表しており、三重県育委員会賞など受賞歴も多い。大学の研究室などから比較研究の材料として他地域のヒルが送られてきたり、依頼されて講演をしたりすることもある。
「ヒル研に指導者はいません。私はコーディネーターであり同じ研究員」と樋口さんは言い切る。その言葉から、子どもの自然な発想や自主性に任せるスタイルが見て取れた。

◆初めは気持ち悪かったけど…今は「友達」

今回オンライン取材に応じてくれた子ども研究員は4人。
7年目を迎えた碓井うすい悠太さん(15)は「学校の理科の実験には初めから答えがあって、言われたとおりに実験しないといけない。でも、ヒル研は自由なのがいい。実験材料とかも自分たちで考えて、一から作っていくのが面白いんです」と、その魅力を語る。ヒルのライフサイクルを明かすのがテーマで、産卵実験に熱心に取り組んでいる。

オンライン取材で研究テーマやヒルへの愛を語った子どもヤマビル研究会のども研究員たち。左から江口文健さん、碓井悠太さん、宮本侑佳さん、吉村奏佑さん(スクリーンショット)

ヒル研始まって以来初めての女性研究員の宮本侑佳ゆうかさん(12)は中学1年生。吉村奏佑そうすけさんと江口文健ふみたけさんはともに小学5年で10歳。3人は昨年に加入して2年目になる。取材に参加できなかった服部琢志たくしさん(14)を含めた5人が今年のメンバーだ。学校があるためヒル研の活動は土日の1泊2日で、ほぼ毎週、通年行っている。
吉村さ...

残り 2477/4953 文字

この記事は会員限定です。

有料会員に登録すると
会員向け記事が読み放題
記事にコメントが書ける
紙面ビューアーが読める(プレミアム会員)

※宅配(紙)をご購読されている方は、お得な宅配プレミアムプラン(紙の購読料+300円)がオススメです。

会員登録について詳しく見る

よくある質問はこちら

前のページ

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

記事に『リアクション』ができます。ご利用には会員登録が必要です。

カテゴリーをフォローする

  • 『カテゴリーをフォロー』すると、マイページでまとめて記事を読むことができます。会員の方のみご利用いただけます。

  • 『カテゴリーをフォロー』すると、マイページでまとめて記事を読むことができます。会員の方のみご利用いただけます。

  • 『カテゴリーをフォロー』すると、マイページでまとめて記事を読むことができます。会員の方のみご利用いただけます。

コメントを書く

ユーザー
コメント機能利用規約

おすすめ情報

ライフスタイルの新着

記事一覧