イーロン・マスクはすでに危機的状態にあるXに、自分自身でとどめを刺してしまったかもしれない。
15日、@breakingbahtというユーザーが旧TwitterであるXに「ユダヤ人社会は、自分たちには向けるなと主張する一方的な憎悪を、白人たちに対しては突きつけてきた」と、反ユダヤ主義的な投稿をした。これに対して、XのCEOであるマスクは「あなたはまさに真実を語っている」とコメントしたのだ。
元の投稿は、白人至上主義者や右翼の過激派の間で広まっている「置き換え論」(Great Replacement Theory)と呼ばれる陰謀論の信条に共鳴するものだと見られた。
すぐに反応した広告主たち
マスクへの反発はすぐに起きた。ホワイトハウスのアンドリュー・ベイツ報道官は17日の声明で、マスクのコメントについて「反ユダヤ主義的で人種差別的な憎悪を最も強い言葉で助長するものであり、アメリカ人としての中核的価値観に反するもの」だと非難した。
主要な広告主もすぐに取引を停止した。IBM、ディズニー、ライオンズゲート、欧州連合(EU)は、マスクの投稿を受け、Xへの広告出稿を取り止めた。Axiosの報道によると、アップルもXでの広告を止めたという。『WIRED』はアップルに複数回コメント要請をしたが、記事掲載時点では回答を得ておらず、Xから広告を引き上げたことをアップルに直接確認はできていない。
「IBMやアップルのような広告主は、単にビッグネームというだけではありません。Xで多大な出費をしているのです」と、Xでの広告主の行動を追跡しているメディア監視団体、Media Matters社長のアンジェロ・カルゾーネは言う。
カルゾーネは、データ分析企業のSensor Towerによるデータを参照し、7月にXで出費の多かった広告主トップ5は、アップル、FinanceBuzz.io、アマゾン、モンデリーズ・インターナショナル、ヒューレット・パッカードだったと語った。アップルはこれまで、Xの広告主ランキング上位20社にしばしば入っていた。
カルゾーネは、アップルが広告を出しているブランドは、ほかの小規模な広告主にとって安全性の指標になるのだと付け加えた。アップルは、App Storeや自社のプラットフォームで物議を醸すようなコンテンツに対し、厳格なポリシーで対処していることでも知られている。もしアップルがXでの広告を停止した、あるいは停止する予定があるとすれば、それは「ハロー効果をもたらしかねない」とカルゾーネは主張する。
Xというブランドは“危険な賭け”
Xのリンダ・ヤッカリーノCEOは8月、同社がブランドセーフティ・ツールを拡張していることを強調していた。広告主やマーケティング担当者が、自社広告がどのようなコンテンツに近接して表示されるかを、よりコントロールできるようにするためだということだった。
しかし最近のXでは、反ユダヤ主義的なコンテンツがあまりにも多い。そういった投稿の隣に大手ブランドの広告が並んでいることは、Xが“危険な賭け”であると広告主に対して強調するだけだと、専門家たちは主張する。カルゾーネは言う。
「(ヤッカリーノが言うような)ブランドセーフティ・ツールがあったとしても、今現在Xの広告主の立場からすれば、このプラットフォームで広告を展開して自社にメリットがあるようにする方法は、文字通り何もないと考えるはずです」
市場調査会社Insider Intelligenceのソーシャルメディア担当主任アナリスト、ジャスミン・エンバーグは「Xの問題は、誤情報や反ユダヤ的なコンテンツ、そのほかの憎悪に満ちたコンテンツがプラットフォーム上に存在するだけでなく、それがマスク自身によって拡散されていることです」と語る。
「広告主がブランドの安全性を懸念するときの対象は、コンテンツだけではありません。プラットフォームやリーダーシップに関することも重要です」。こう語る エンバーグは、マスクがXを自分のイメージで自由に作り変えられるもののように扱っていると言う。そして「彼が望んでいることや信じているように見えることがXのユーザーや広告主が望んでいることや信じていることと、必ずしも一致していない」にもかかわらず、マスクはこのことを理解していないと指摘する。
ヘイトスピーチ氾濫の懸念が現実に
マスクのリーダーシップの下、Xは、かつては会社全体の収益の90%以上を占めていた広告収入が54%減少するという前例のない事態に陥る見込みだ。マスクが当時のツイッターのオーナーになる以前から、専門家たちは彼特有の“言論の絶対自由主義”がプラットフォーム上の荒らしやヘイトスピーチの氾濫につながるのではないかと懸念していた。
マスクはオーナーになった最初の数週間のうちにコンテンツモデレーションチームに所属していたほぼ全員を解雇した。このチームは、ヘイトスピーチや暴力、不適切なコンテンツがプラットフォームから排除されるようチェックし、信頼と安全性の担保を担っていた(この結果、ヘイトスピーチの投稿は、マスクのリーダーシップ下で増加した)。
コンテンツモデレーションに対するマスクのアプローチの甘さは、Xの第3の市場であるブラジルで、2022年の大統領選の決選投票の際にブラジルの選挙管理当局が示した懸念により、Xが禁止されかけた一件にも表れている。
そして広告主は、憎悪や扇動的なメッセージが込められた投稿の隣に自社製品が表示されることを危惧して逃げ始めた。今年初めにCEOとしてXに加わった元NBCユニバーサルのグローバル広告責任者であるヤッカリーノCEOは、マスクの行動や決定によって広告主を呼び戻すのに苦労している様子だ。
Xは広告主を取り戻しつつあると主張している。しかし、Media Mattersの10月の調査によると、Xの最大手広告主100社の広告費は、マスクの買収前に比べて90%減少しているということだ。
(WIRED US/Translation by Mamiko Nakano)
※『WIRED』によるイーロン・マスクの関連記事はこちら。ツイッターの関連記事はこちら。
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