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松田良孝

「国民が参加するからこそ、政治は前に進める」――38歳の台湾「デジタル大臣」オードリー・タンに聞く

2019/12/12(木) 09:39 配信

オリジナル

台湾でデジタル担当大臣を務めるオードリー・タンさん(38)。2016年に台湾史上最年少の35歳で入閣した際には、中学中退という学歴やトランスジェンダーであることも話題になった。2019年には米雑誌で「世界の頭脳100」に選出され、IQは180とも言われる。台湾の彼女のオフィスでインタビューした。(取材・文:ノンフィクションライター・近藤弥生子、撮影:松田良孝/Yahoo!ニュース 特集編集部)

行政院の中庭で。身長180センチと背が高い

オードリー・タンさんは8歳からプログラミングを独学し、インターネットとの出合いを機に14歳で中学を退学、15歳でIT企業「資訊人文化事業公司」を起業。検索をアシストするソフトウェア「搜尋快手(FusionSearch)」を開発し、わずか3〜4年の間に全世界で約800万セットを販売。33歳で現場から引退したあとは、米アップルや台湾の電気製品メーカーBenQの顧問も歴任した。台湾では「IT界の神」と呼ばれる。24歳のときに自らのブログ上でトランスジェンダーであることを明かし、名前も男性風の「唐宗漢」から女性風の「唐鳳」に変更した。入閣時には、書類の性別欄に「無」と記入している。

台湾・台北市。彼女の執務室は行政院(内閣に相当)庁舎の1階にあった。ドアを開けると、若いスタッフたちが歓迎してくれた。上はセーター、下はデニムといったラフな格好が多い。執務室で少し待つと、オードリーさんがタブレットを手に現れた。

「何でも聞いてください。ここは自由な場です」

台湾の人々が「彼女の存在は私たちの希望」と称賛する彼女の言葉には、多様化する社会を生きるためのヒントが詰まっていた。

トランスジェンダーはすべての立場に寄り添える

ーーあなたはトランスジェンダーとして世界初の閣僚と言われています。自分がトランスジェンダーだと思ったのはいつごろのことですか?

「20歳のころに男性ホルモンの濃度を検査して、だいたい男女の中間だと分かったときです。両親が『男性はこう、女性はこうあるべき』という教育をしなかったので、私はずっと性別に関して特定の認識がありませんでした。12歳のころに出合ったインターネットの世界でも、性別について名乗る必要も聞かれることもなかったですし。10代で男性の、20代で女性の思春期も経験しました。自分が男性か女性のどちらかに属する存在だとは思っていないんです」

――トランスジェンダーであることは、あなたの仕事に影響を与えましたか。

「物事を考えるときに男女という枠にとらわれずにいられるから、大半の人よりも自由度が高いんですね。すべての立場に寄り添えるというよさもあります」

質問するとすぐ答えを返す。考え込むところがない

政治との最初の接点は2014年に台湾で起きた「ひまわり学生運動」だった。

中国とのサービス貿易協定の締結に反対した学生らが、議会との対話を求めて日本の国会に当たる立法院を占拠した。学生側を支持する市民から立てこもりの場所にひまわりの花が届けられたことからこの名が付いた。オードリーさんたちはそこで、運動の最初から最後まで約3週間にわたり、現場のネット中継と録画をした。

「私たち情報の透明化を目指す民間団体『g0v(gov-zero)』のメンバーは、ライブカメラで議会の内外をつなぎ、20の民間団体が人権・労務・環境問題などを話し合えるようにしました。『昨日はここまで話をしたから、今日はここから話をしよう』と進めていき、3週間で4つの要求にまとめたのです。立法院長(国会議長に相当)がすべての要求に応え、民衆の話は合理的だと肯定したんです」

この件をきっかけに、台湾では官民間の対話の機会が増えたという。

「市民は発見したんです。そもそもデモとは、圧力や破壊行為ではなく、たくさんの人にさまざまな意見があることを示す行為だということを。政治は国民が参加するからこそ、前に進める」

行政院内のオードリーさんのオフィス。スケジュールを一般公開し、誰でも予約訪問できるようになっている

記録をもとに、合理性のある判断を仰ぐ

確かなデータや根拠をもとに議論すれば、人は話し合える。その信念を持つオードリーさんの原体験は中学生時代にあった。

彼女は中学に通うのを途中でやめ、全台湾の小中高生が参加する科学コンクール「科展」に向けた自宅学習に切り替えていた。そして科展の応用科学部門で1位を取ったオードリーさんは、好きな高校に無受験で進学できる特権を得た。通っていた中学の校長は彼女に、こう言って高校進学を勧めたという。

「あなたが憧れる米有名大学の教授と一緒に仕事をするには、良い大学に入らなければ。そのためには良い高校に行く必要がある。あと10年は学校で勉強すべきでしょう」

しかしそのときすでに、オードリーさんは米大学教授たちとインターネットを通じて直接やりとりをしていた。彼女はそのメールのやりとりを見せて「もうすでに教授たちとは一緒に仕事をしています。高校へ行く意味はなんでしょうか」と問いかけた。すると校長は1、2分黙った。そして「もう学校に来なくていいよ」と言ったという。

「校長は私を守ってくれたんです。当時は義務教育の中学に通わないと、罰金を科せられました。彼は監査が入ったときに、私が学校に来ていることにして、責任を負ってくれた。そのおかげで私は中学2年で起業できました。ですから、私は官僚制のフレキシブルさを、いつも強く信じています」

考えことは英語で。それを頭の中で中国語に変換して取材に答えた

行政院長に入閣の条件を提示

「ひまわり学生運動」のあと、オードリーさんはそれまで務めていた米アップルの役職などを辞めてビジネスの一線から退き、公益事業に身を投じていく。

同じく政府も情報公開を進め、市民に開かれた政治を実現するオープンガバメントの手法を取り入れるようにもなった。2014年末に、オードリーさんは台湾の公務員300人にオープンガバメントでの働き方を教えている。その翌々年の立法委員(国会議員に相当)選挙では、オープンガバメントに反対した候補はすべて落選したという。

また、2014年12月には当時政務委員だった蔡玉玲氏とともにオンラインで法案を討論できるプラットフォーム「vTaiwan」を構築した。これにより、オードリーさんは行政院のコンサルタントに就任した。その後も教育要綱改革を議論する会議に教育部(文部科学省に相当)から招かれて委員に就任。さらに台湾政府の重要な経済政策であった「アジアシリコンバレー計画」の会議にも出席を求められるようになった。政府にとってオードリーさんの存在感が大きくなっていく。

そして2016年5月、台湾史上初の女性総統として民進党の蔡英文氏が選ばれた。当初、政府はオードリーさんにデジタル担当大臣候補の推薦を依頼する。だが適当な人物がおらず、最終的に彼女に白羽の矢が立つ。就任にあたり、オードリーさんは行政院長(首相に相当)に3つの条件を出した。

「行政院に限らず、他の場所で仕事をしてもいいこと。出席するすべての会議、イベント、メディア、納税者とのやりとりは、録音や録画をして公開すること。誰かに命じることも命じられることもなく、フラットな立場からアドバイスを行うこと、の3つです。院長はすぐに『問題ないですよ』と言いました」

タブレットで描いた図をプロジェクターで投影して説明する

これまでにない解決方法を見いだす「総統杯ハッカソン」

オードリーさんは入閣時、「公僕の中の公僕になる」と宣言している。特定団体の利益のために動いたり、インターネット上で政令を広めたりすることではなく、一つの「パイプ」になるという意味だ。

そんな姿勢を代表する取り組みのひとつに、「総統杯ハッカソン」がある。台湾各地が抱える課題を集め、その解決策を市民や有識者らから募るコンテストのようなものだ。受賞したプランは、実際の政策として、1年以内にどのように実行するかを確認される。例えば離島の無医村問題の場合、台湾本土の医師と離島の患者をネットでつなぐ遠隔診療に、看護師が参加できるよう法律が改正された。

「このケースでは、家族がサインしないと患者の個人情報が見られないなど、6つの法律上の問題がありました。今は離島だけでなく山岳地帯など10カ所に医師との連絡拠点が確立されています。ひとつの離島の問題が、台湾全土の医療制度の問題解決につながり、遠距離でのデジタル署名も法律で認められるようになったのです」

フェイクニュース対策

フェイクニュース対策も推し進める。

オードリーさんはフェイクニュースのことを「フェイクインフォメーション」と呼ぶ。

「行政院では、フェイクインフォメーションのうち、『故意・危害・虚偽』の3つの条件がそろった場合にすぐ対応することになっています。この3つがそろわない場合は、報道の自由を侵害し政府が報道の上に位置することになりますから、介入しません」

これを是正するために、政府は各部門に「フェイクインフォメーション調査室」を設けている。情報が確認されると、調査室は60分以内にカウンターとして正しい情報を発信しなくてはならない。その文書には「2・2・2の原則」がある。見出しは20文字以内、写真・図版は2点、本文は200行まで。わかりやすく絞り込んだ内容だ。

「さらに文書にユーモアもなくてはいけません。ユーモアは怒りと同じくらい拡散されやすく、かつ、怒りよりも拡散して共有する満足度が高いからです。このような文書を60分以内にまとめるためには高いスキルの人材が各部門に5、6人は必要になってきます。調査室の予算が高いと批判もありますが、仕方のないことだと思っています」

フェイクニュースインフォメーションを否定するために、実際に行政院長・蘇貞昌氏のフェイスブックページに投稿された画像。すでに6,500回以上シェアされている(2019年11月末時点)。

写真は、「7日以内にカラーとパーマをかけると罰金が課せられる」というフェイクインフォメーションが出回った際、実際に行政院長・蘇貞昌氏のフェイスブックページで投稿されたもの。「坊間謡言」〈民間の噂〉にある「七天内染髮燙髮會罰100萬」〈7日以内にカラーとパーマをかけると罰金100万元が課せられる〉を、「假的!」〈この情報はフェイク!〉と打ち消している。2枚の写真は蘇氏の若かりしころと現在のもの。若いときの写真の横には〈確かに私は今髪の毛がないけれど、だからってそんな風にみんなを罰したりはしない!〉。現在の写真の横には〈もっとも一週間以内にカラーとパーマをすると本当に髪が痛むから、私と同じような状態になってしまうよ〉とユーモアたっぷりの内容だ。

――インターネットによって、コミュニティーが分断されるような状況があると思いますか?

「インターネットの誕生以来、コミュニケーションは双方向になり、検索技術で自分と同じ価値観の人たちと出会えるようになりました。『ハッシュタグ』の誕生は、人と人をつなげる素晴らしいマイルストーンだったように思います。マイナーなテーマでも、世界中から仲間を探すことができる」

「自分たちだけが分かり合えるコミュニティーを中国語で『同温層』と言いますが、これは必要でしょう。もし、コミュニティー内だけで完結するのが危ういと言うなら、それぞれのコミュニティーの代表者を2人ずつ――これは数学的な根拠があって2人なのですが――出し合って交流し、文化間の橋渡しをすればよい。複数のコミュニティーの中で、どちらかが主流ということではないのです。主流しかない世界は恐ろしいと思います」

わずか2日で「取材OK」

今回の取材は、オードリーさんの事務所に申請してわずか2日後に「OK」の返事が来た。また取材時間も当初予定の2時間から、彼女から1時間延長を申し出てくれた。オードリーさんは「台湾の国会議員でも(日本と同じくらい)返事に時間はかかると思いますよ。でも私は議員ではありませんし、デジタル担当大臣としてウェブメディアに協力しようという気持ちがあるんです」という。取材申し込みは日本だけでなく、欧米各地のメディアからも続いているそうだ。オードリーさんの秘書を務める黃子維さんは言う。

「彼女は非常に温厚で、スタッフに対して怒ることが全くないので仕事がしやすい。ただ頭がよすぎて何を言っているのかわからず、たまに言い合いになるときがあります。でもあとから彼女が言っていたことがわかるんです」

行政院内の購買所で、普段から財布片手に買い物をする

日本の被災地を応援

インタビューに際して、好物だと聞いた日本の干し柿を持参した。オードリーさんは「開箱〜(中国語で、箱を開ける儀式のこと)、わぁ、可愛いねぇ」と顔をほころばせて、さっそくひとつ口にした。以前、福島産の干し柿を食べて日本語で「激うま~」とツイッターに動画を投稿したこともある。「『激うま』は台湾外交部(外務省に相当)の人間に聞いて、YouTubeで実際の発音を探して練習したんですよ」と笑った。

「あのときはちょうど東京にいました。ホテルの隣のスーパーに、被災地域を応援するため、福島産品を集めた棚があるのをたまたま見つけたのです。被災地のためにすべきなのは、災害で被ったイメージを変えることだと思っています。この10月も会議で大阪へ行った際、台風に遭いました。台風はもちろん望ましいものではないですが、日本の自然災害への知識や体制がとても優れていることを知る機会になりました。残念ながら、台湾はまだそのレベルに至っていません」

「開箱〜(中国語で、箱を開ける儀式のこと)、わぁ、可愛いねぇ」

台湾には世界の役に立てる力がある

現在の香港情勢についても聞いた。来年1月に控えた台湾総統選挙にも影響を与えている。

「私は今年6月16日に香港で大規模なデモが起きたとき、ツイッター上で立場をはっきり表明しています」

そこで彼女は「これは中華人民共和国が人々の意見に耳を傾け、前進するチャンスです。持続可能な開発は、平和と法の支配にかかっている」と書き、「#TaiwanCanHelp」というハッシュタグを付けた。

「台湾は2014年の『ひまわり学生運動』のときに、ちょうど似たような状況に陥りましたが、民主主義をレベルアップできました。(#TaiwanCanHelpとは)だからこそ香港の皆さんの力になれるということです。私は名刺に、『デジタル大臣』とだけ記載しています。これは台湾政府のために働く人間ではなく、台湾政府とともに仕事をする人間である、『Not for TAIWAN , with TAIWAN』という私の姿勢を示しているのです」

名刺は、どこにも所属しないというオードリーさんの姿勢を表している


近藤弥生子(こんどう・やえこ)
1980年生まれ。明治学院法学部卒業。出版社で女性誌・ウェブ媒体編集に携わり、2011年より台湾台北在住。現地デジタルマーケティング企業勤務後、独立し「草月藤編集有限公司」設立。日本語・繁体字中国語でのコンテンツ制作を行う。

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